技術とスピリットで家族の支援ニーズに応えていく

〜英国メリデン版訪問家族支援〜

京都ノートルダム女子大学 現代人間学部 福祉生活デザイン学科 准教授
一般社団法人 メリデン・ジャパン-ファミリーワークプロジェクト 副代表

佐藤 純氏

―― まずは、佐藤先生が1988年に京都府の保健所職員になられた経緯についてお聞かせください。

ぼくはもともと知的障害をともなう自閉症などのお子さんの障害児教育をやりたくて、大学院でも教育心理学の勉強をしていたのですが、2回生のときにたまたまゼミの教授が精神科デイ・ケアのアルバイトをご紹介してくださったこともあって、精神保健医療福祉の現場に就職しました。当時はまだ「精神分裂病」と呼ばれていた「統合失調症」などの精神疾患については、ほとんど知らなかったとはいえ、デイ・ケアで接するようになった精神障害者の方々を精神保健福祉の観点から支援していくのもいいかなと思い、いきなりメンタルヘルスの領域に飛び込んでしまったというのが実情です。

――精神障害をもつ方々にかかわるお仕事をはじめられてどんな印象をおもちになりましたか?

保健所の精神保健福祉相談員として最初に配属先された綾部市は、人口が3万人ぐらいで京都府のほぼ真ん中に位置しています。車で走ると市の端から端まで50キロメートルほどある地域ですが、綾部市には当時、精神科をもつ医療機関がまったくなかったんです。つまり、綾部市に住む方々は、精神科の治療を受けるために隣の市まで行かなければなりませんでした。さらに、日常的に通所できるような障害者福祉施設も1つのみという状態でした。そんなところにある保健所にたった1人配属されたぼくがまず強く感じたのは、「なぜこの人たちは(社会的な支援から)こんなにも放っておかれているんだろう」という疑問と怒りでした。

――佐藤先生がお感じになった怒りと綾部市の事情についてもう少し詳しく教えてください。

隣近所の家が離れて点在している農村地帯の多い綾部市は、医療機関までの距離が遠いうえに福祉施設の数も足りず、未治療の方や治療を中断してしまった方も少なくありませんでした。病気の影響で大きな声を出しても気づかれにくい一方、人間関係は都会にくらべて濃密ですから、周囲のひとたちに家庭内の事情を知られないようにどちらかといえばひっそりと暮らしているんです。特に医師の診断をまだ受けていない方の場合、そのご両親などが人目につかないように保健所まで相談に来られるのですが、ご相談の内容はやはり、病気の影響による暴力や将来への不安、あるいは、障害者福祉施設が不足していることへの嘆きでした。お気持ちはよく理解できるものの、保健所には相談員が1人しかおらず、圧倒的に無力でした。

――そうした現実を目の当たりになさって、どのようなお仕事に取り組まれていったのですか?

綾部保健所の相談員は当時ぼく1人ですから、できることはおのずと限られていましたが、「社会的な支援策が何もないなら、これはもうゼロから開発していくしかない」ということで、別の保健所に勤務する先輩相談員たちからアドバイスをもらったり、そのころすでに活動されていた家族会の方々と会ってお話をさせてもらったりしながら、綾部市における精神保健福祉のあり方について考えていきました。また、綾部市にかねてからあった知的障害、身体障害などの障害をもつ方々の作業所にも行き、地域のさまざまな方と連携してボランティア組織をつくるといったこともしてきました。

当時の作業所に通う単身生活の方は、夜になると1人で夕食を食べなければならないこともあったので、ボランティアのみなさんの協力をえて週に1回、みんなでワイワイ言いながら夕食が食べられる機会を設けてもらい、他の地域では地域の作業所とデイ・ケアなどに通っている精神障害者のみなさんが参加できる運動会プラス囲碁や将棋の大会を開催したりするなど、保健所の相談員として働いていた時にはいろんなことを試みてきました。

初出:『精神科医療ガイド2018』NOVA出版 2018.1より