精神科医療における患者さんたちの恋愛、結婚、子育て支援

帝京大学医学部 精神神経科学講座 主任教授
池淵 恵美氏

患者さんの恋愛・結婚・子育て

恋愛や結婚、そして子育ては、誰しもが関心をもつライフイベントのひとつであり、人生の幸福とも大きく関係しています。

病にかかっても、いつかは恋愛を経て結婚し、子育てをしたいという希望が病状からの回復につながり、これらの体験がリカバリーにつながったケースも少なくありません。

わたしが精神科医として診療にあたってきた方々やその家族も恋愛・結婚・子育てには高い関心をもっており、さまざまなかたちで相談を受けてきました。

とはいえ、医療機関はどうしても病気の治療を優先しなければならず、恋愛や結婚、子育ての悩みについてはパートナーとの関係もあってなかなか立ち入りにくい領域でもあり、多くの医療機関では相談を受けても積極的なアドバイスは避けてきた傾向があるように思います。

ライフイベントとしての恋愛や結婚、子育ては、多くの人たちにかけがえのない幸福をもたらす一方、パートナーとの親密な人間関係が重要視され、その過程において抱える悩み、失恋や離婚などの葛藤が病気を再発させてしまうのではないかという懸念から、研究はもちろんのこと、復学や就労のような体系的な支援策はほとんど構築されてきませんでした。たとえ恋愛や結婚のパートナーがいても家族の理解をえることはむずかしく、くわえて結婚生活を支える収入面の問題など、精神障害をもつ方々の恋愛や結婚、子育ての実態はたいへん厳しいといわざるをえません。

2010年に全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)の協力で実施された調査によれば、障害者を家族にもつ会員1,492名(家族のいずれかが精神障害者であり、そのうち82%が統合失調症。平均年齢42.9歳)のなかで婚姻関係にあった人は8%にすぎず、このうち、子どもに恵まれた割合は72%でしたが、自分で子育てをしている人は38%にすぎないこともわかりました。

また、婚姻関係だけではなく、パートナーと6ヵ月以上生活した経験がある人は16%と少ないながら、51%の人たちは結婚や同棲などに強い関心と希望をもち、いずれそれを実現したいと考えていることも明らかになりました。つまり、恋愛や結婚に対する関心の高さとは裏腹に、結婚に至る人は一般人口に比べて低く、いまもこの傾向に大きな違いはないものと思われます。

さらに女性は、結婚したとしても離婚することが多く、男性は結婚の前提条件として生活基盤の安定が求められ、これが結婚に至らない理由になっていると考えられています。

結婚に対する考え方には文化の差もあるようです。インドなどでは精神障害者のパートナーを配偶者が支え、婚姻率についても男女差がほとんどありません。

経済的な安定は結婚生活や子育てにとって重要な要素になるとはいえ、専門家までもが障害者の恋愛や結婚について悲観的な考えをもち、無関心を装ってしまっては適切なアドバイスさえできなくなってしまいます。

医療機関はあくまで病気の治療を優先すべきですが、恋愛・結婚・子育てなどが病気からのリカバリーにつながるケースがみられることを考えたとき、精神障害者を長期的に支援していくうえでも積極的な議論が欠かせないと思います。

本人の成長をうながす

精神疾患のなかでも統合失調症は10代で発症することが多いといわれ、疾患の特性としては周囲の人たちとうまくかかわれず、自分の世界で生きようとする傾向が強いため、親密な人間関係が求められる恋愛行動にもその影響が生じます。また、入院中の男女別病棟は、性について抑圧的な環境だともいえます。

フィンランドの公立病院をはじめて受診した統合失調症患者(15歳~44歳)を5年間追跡調査したところ、配偶者と暮らしている群は精神症状や社会的機能について経過がよかったと報告されています(Salokangas RKRの研究)。日本のさまざまな調査でも既婚男性は退院が早い傾向がみられ、配偶者の存在が病状によい影響を与えていると考えられています。

既婚男性には「大黒柱」といった役割が期待されつつも、家庭の保護的作用の働きによって病状を改善に向かわせているように思われます。逆に女性が担うことが多い家事や育児などが病状に悪影響をおよぼす可能性もありますが、既婚・未婚はともかく、異性への関心は自然なものであり、人とのかかわり方を長期的な展望にもとづいて支援していくことは、精神科医療にとって避けてとおれない重要な課題です。

長期の入院や引きこもりの状態にある患者さんが異性と知りあう機会は、ごくかぎられていると考えられますが、一般の方々とくらべても恋愛や性愛行動への関心が低いとはいえません。まして人とのかかわりを促進する治療的な環境では交友関係に楽しみをみいだし、異性に思いをよせていきます。しかし、思春期にはじまる病であるだけに統合失調症の症状が性衝動と絡みあって妄想の核になり、性的な幻覚として患者さんを苦しめたりするなど、性愛の発達と症状が深く関連しているケースも少なくありません。

思春期は恋愛や性衝動だけではなく、異性を含めた他人へのふるまいを学習する時期でもあり、医療がこの成長過程を支えていく必要性を感じています。

社会的に適切な行動をとることは、恋人や友人と親密な関係を築き、交際を長く維持していくうえでも大切です。とくに性知識をもたない女性は、計画性のない妊娠によって出産を経験したり、望まない妊娠をしてしまったりする可能性もあります。性愛行動がごく自然なものである以上、自分を守る性愛行動に関連したスキルを学習しておかなければなりません。

恋愛にともなう性愛行動は、人との豊かな関係性をつくり、実体験を積み重ねていくことで人としての成長をうながすばかりか、社会生活においても重要な意味をもっています。

また、若くして発病した方々の関心事はもっぱら学校や友人、異性へと向けられ、ご本人の主観のなかでは治療の重要度はあまり高くないようです。そんな意識をもつ若い精神障害者の方が社会生活に必要なふるまい方を学ばないまま就学や就労に挑んでも、集団のなかで挫折感や疎外感に悩まされ、精神障害そのものの影響よりも人との交流をためらわせる理由になってしまいかねません。患者さん本人の治療を長く継続していくためには、医療者が彼らの関心事をしっかりとつかみとり、治療に反映させていく工夫が必要です。

初出:『精神科医療ガイド2017』NOVA出版 2017.1より