子どもの心の診療ネットワーク事業

国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 副院長
こころの診療部長
奥山眞紀子氏

医療だけでは成り立たない

子どもは家庭や学校などの環境にその多くを依存しており、何より継続的な発達支援が欠かせません。また、子どもの可逆性を考えあわせると、早期によりよい支援を行えば回復の期待ができることも少なくありません。そのために行う子どもの心の診療は、医療だけで成り立つものではなく、保健、福祉、教育などが緊密に連携できるシステムを構築していかなければなりません。

わが国では、20世紀の終わり頃から子どもの心の問題が注目されるようになり、政府は1999年に策定した国民運動計画のビジョン「健康日本21」の一翼を担うものとして、2001年に「健やか親子21」を新たに策定。児童思春期における健康課題や親子の心の問題、または小児救急医療の確保などに向け、各関係機関と団体が一体となっていくつかの課題に取り組んでいくことになりました。

「健やか親子21」では、21世紀に取り組むべき主要な課題として以下の4つを設定しています。

  • ① 思春期の保健対策の強化と健康教育の推進
  • ② 妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援
  • ③ 小児保健医療水準を維持・向上させるための環境整備
  • ④ 子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減

これを受け、厚生労働省(以下、厚労省)では「『子どもの心の診療』の養成に関する検討会」(座長:日本子ども家庭総合研究所長・柳澤正義先生)を設置し、日本小児科学会、日本小児科医会、日本精神神経学会をはじめ、16の学会や関係団体からさまざまな意見を集約したうえ、医師研修制度のあり方や人材育成テキストの作成などについても議論を重ねてきました。

2005年に設置された同検討会は2007年に報告書を取りまとめ、子どもの心の問題への医学的な対応を充実させていくため、子どもの心の診療医を3類型に分類しています。

  • ① 一般的な小児科医および精神科医
  • ② 子どもの心の診療を定期的に行っている小児科医および精神科医
  • ③ 子どもの心の診療に専門的に携わっている医師

子どもの心の診療に専門的にたずさわっていく医師を養成するためには、子どもの心の問題に関する研修などを専門的に行える病院で、かつ入院治療機能が備わっている病院を各都道府県に少なくとも1ヵ所は設け、拠点病院としたうえで子どもの心の診療体制を整備する必要があり、診療と研修が行える経済的な支援と調査研究を充実させる必要性についても検討会は提言しています。

また、②の「子どもの心の診療を定期的に行っている小児科医および精神科医」の養成については、関係学会などの研修を充実・発展させ、さらに①の「一般的な小児科医および精神科医」においても子どもの心の専門研修や卒前・卒後研修の充実を提言しています。

「子どもの心の診療ネットワーク事業」は、上記の報告書の提案に基づき、2008年度からはじまった「子どもの心の診療拠点病院事業」を3ヵ年計画で複数の都府県がモデル事業に取り組み、国立成育医療研究センターにおいては、「専門的人材の育成に関する研究」や「子どもの心の診療体制アンケート調査」なども行ってきました。

モデル事業に関する都府県の報告や研究・調査の成果などは、有識者会議(座長:同)の議題にふされ、これらの結果を踏まえたうえで2012年から名称を「子どもの心の診療ネットワーク事業」とあらため一般事業として現在に至っています。

厚労省がその必要性を提唱しながら各自治体が主体となって推進されてきた「子どもの心の診療ネットワーク事業」は、地域の医療機関、児童相談所、保健所または学校などがそれぞれに緊密な連携をはかり、子どもの心の問題を地域でケアしていこうとするもので、都道府県ごとに連携の核となる拠点病院を設けてネットワークを構築・運営していく事業です。全国の中央拠点病院に位置づけられている「国立研究開発法人 国立成育医療研究センター こころの診療部」では、専門家の派遣や研修の受け入れ、情報提供や普及啓発などで都道府県の拠点病院を支援する仕組みになっています。

モデル事業への取り組みや同検討会などが設置されてきた背景には、1999年6月に閣議決定された「少子化社会対策大綱」や同年12月に成立した「発達障害者支援法」などにもみられるとおり、子どもの精神疾患や発達障害、または児童虐待といった問題が看過できない状況になっていたという事情もあります。「少子化社会対策大綱」には、「心の健康づくり対策として、医師、保健師等を対象に、児童思春期における心の問題に対応できる専門家の養成研修を行い、精神保健福祉センター等において、児童思春期の専門相談の充実を図る」と記されています。

わが国の母子保健は世界最高水準にありながら、子どもの心の問題は21世紀を迎えるまで深刻な問題として扱われてきておらず、専門的に診療できる医師や病院の数もごくかぎられたものでしかありませんでした。

わたしたちの研究班が2008年から2010年にかけて行った調査(「子どもの心の診療に関する医療体制確保、専門的人材育成に関する研究」代表研究者:筆者)では、心や発達の問題に気づいてから専門病院を受診するまでに平均2.4年の期間が必要となっているという実態がみえてきました。くわえて子どもの症状に気づいた70%にあたる保護者が相談先に困り、うち86%が専門病院ではなく他機関を受診していたことも明らかとなり、行政と医療機関、あるいは医療機関同士の連携不足や情報発信の不備を解消すべく、モデル事業の見直しと強化をつづけていくことになりました。